武士は食わねど高楊枝
福岡県内の遺跡から出土された江戸時代の「武家階級」と「庶民」の歯を調べたところ,武家階級の人は庶民よりもむし歯が少なく,歯磨きをよくしていた跡が多く見られたそうです。
むし歯の有無は歯の栄養状態も関係してきますが、双方の歯の栄養状態には大きな違いが見られなかったため、おそらく武家階級の人たちは、しっかり歯をみがいてむし歯を抑えていたのではないかと考えられます。
この調査を行った長崎大学大学院医歯薬学総合研究科によると、「武家は健康管理にとても気を使っていたため、歯みがきを人一倍よくやっていたのかもしれない。他の地域で出土されたものを見て、全体の傾向を調べたい」と話しているそうです。
日本に歯みがきが伝わったのは6世紀頃といわれています。そして江戸時代になると、歯みがきは民衆にも広く広まっていきました。当時の歯ブラシは、木の先端を細く削った「房楊枝」というものが用いられたそうです。
また、江戸時代にはすでに歯みがき粉もありました。当時の歯みがき粉は「房州砂」という細かい砂にハッカなどの香料を混ぜたものや、「大明香薬」という目の細かい研磨砂に漢方薬が配合されたものが有名だったそうで、これらの歯みがき粉は「歯を白くする」「口臭を消す」といったキャッチコピーで当時売られていたそうです。